今回の記事では「大迫傑 決戦前のランニングノート」のレビューを書いていきます。この本は大迫傑選手が東京オリンピックのマラソンで引退を表明した2日前に出版されました。
東京オリンピックまでの練習プロセスや葛藤が書かれています。
2021年の東京五輪を「集大成」と位置づけ、その本番までの約半年間、彼が何を考え、どのように自分を追い込み、あるいはあえて「適当」でいようとしたのか、その内面的なプロセスをリアルに綴った思考の記録です。
主な概要
主な内容は下記のとおりです。掲載順不同。要約したものになります。
- 日記をつける理由
- 低酸素トレーニングについて
- ウエイトトレーニングについて
- 大迫傑にとっての東京オリンピック
- 練習日誌 イテン編 2021/2/9~2021/3/31
- 練習日誌 ポートランド編 2021/4/1~2021/4/19
- 練習日誌 フラッグスタッフ編 2021/4/20~2021/6/8
1. 「ノート」が持つ役割
大迫選手にとってノートは、走った距離を記録するだけのものではありません。
- 客観視のツール: 練習内容以上に、その時の「感情」や「不安」を書き出すことで、自分を客観的に捉える手段として活用しています。
- 思考の整理: 迷いが生じたときに読み返し、自分が大切にしている軸(原点)に戻るためのコンパスのような役割を果たしています。
2. 徹底した「今、ここ」への集中
本書全体を通じて貫かれているのは、「未来への不安」や「過去の執着」を切り捨てる姿勢です。
- 結果をコントロールしない: 「優勝する」「タイムを出す」といった結果はコントロールできないものとし、今日やるべき練習やケアだけに全神経を注ぐマインドセットが語られています。
- ノイズの遮断: 他人の評価やSNSの情報など、自分にプラスにならない外部からの刺激を徹底的に排除するストイックさが伺えます。
3. 「適当さ」と「余裕」の重要性
意外にも、大迫選手は「100%完璧」を目指しすぎないことの重要性を説いています。
- 遊び心を持っておく: 常に張り詰めていると本番で折れてしまうため、あえて「まあ、いいか」と思える心の余白(適当さ)を残しておく工夫。
- 体との対話: 計画通りに進めることよりも、その日の体調に合わせて練習の強度を微調整する「柔軟な判断力」が記録されています。
4. 孤独を受け入れる
「走ることは一人で決断し続けること」という哲学が随所に見られます。
- チームやコーチに依存せず、最終的には自分がどうしたいかを決める。
- その孤独を寂しさとしてではなく、**「自分自身と深く向き合うための強さ」**へと昇華させるプロセスが描かれています。
具体的なトレーニング
大迫傑選手のトレーニングは、ピート・ジュリアンコーチの指導のもと、科学的根拠に基づいた「質」と「徹底的な自己管理」が特徴です。著書やインタビューから判明している、具体的なメニュー構成や設定ペースを深掘りします。
1. 1週間のトレーニングサイクル
大迫選手のメニューは、基本的に**「火曜・金曜」をポイント練習(高負荷)**とし、それ以外をジョグやウエイト、週末にロングランを配置するオーソドックスながら強度の高い構成です。
| 曜日 | 内容 | 補足 |
| 月 | ジョグ | 疲労抜き・アクティブリカバリー |
| 火 | ポイント練習(スピード/インターバル) | 高強度のワークアウト |
| 水 | ジョグ | 回復を優先 |
| 木 | ジョグ | 翌日のポイント練習に備える |
| 金 | ポイント練習(ロングインターバル/テンポ) | 心肺機能と持久力の融合 |
| 土 | ロングラン / ジョグ | 30km〜の距離走、または長めのジョグ |
| 日 | 状況に応じた調整 | 休養または軽いジョグ |
2. インターバル設定の具体例
大迫選手が米国のオレゴン・プロジェクト時代から取り組んでいる設定は、日本の実業団基準を大きく上回ります。
- 1000m × 10〜11本
- 設定ペース: 2分30秒〜2分35秒
- 環境: これを標高1,600m程度の高地で行います。平地換算ではさらに速い強度になります。
- 特徴: 本数が多く、かつリカバリー(つなぎ)の時間も厳しく管理されています。
- 5000m × 3本
- 著書でも「かなり効果的だった」と触れられているメニュー。マラソン特有の「きつい状態での粘り」を養います。
- ショートインターバル(400mなど)
- 設定: 64秒前後で複数本。スピードの絶対値を引き上げ、フォームの効率性を高めるために行われます。
3. 走行距離とワークアウト
- 月間走行距離:約400km〜450km
- 意外にも、日本のトップ選手(600km〜1,000km走る人もいる)に比べると距離自体は控えめです。その分、1回ごとの練習の「強度(スピード)」と「目的意識」が極めて高いのが特徴です。
- 補強運動(週2〜3回)
- ウエイトトレーニングや体幹トレーニングをルーティン化しています。「走るための体」をジムで作る意識が強く、特に臀部や股関節周りの出力を重視しています。
4. 練習の「質」を高める考え方
大迫選手の凄さは、設定タイム以上にその**「取り組み方」**にあります。
- 「適当」の活用: すべての練習で100点を目指すのではなく、体調が悪い時は設定を落としたり、あえてジョグだけにしたりと、**「本番で100点を出すための逆算」**で日々を調整しています。
- データの客観視: 心拍数や足裏にかかる圧力などのデータを取りつつも、最終的には「自分の感覚(きついのか、余裕があるのか)」とのズレを修正していく作業を重視しています。
この本の核心(まとめ)
「強さとは、特別なことをすることではなく、当たり前のことを当たり前に、淡々と積み重ねる力である」
驚かされたのは彼のトレーニングが驚くほどに単調だったことです。
何ら私たちのトレーニングルーティンと変わりありません。また、何か特別な練習をしているわけではありません。違う点を挙げるとすれば圧倒的な練習量です。これには「こんなに走っているんだ」と驚かされました。
この本は端的に言うと「大迫傑」という一スポーツ選手のコラムです。部分的なスパンでの大迫選手の日記がそのまま本になったというのがふさわしいでしょう。一部、トレーニング内容の詳細(ペースや本数)が書かれている部分はありますが、本の7割は日記です。
注意点とすれば、この本は大迫傑選手のトレーニングの緻密な詳細が描かれているわけではありません。
悪く言えばページ稼ぎと捕らえる読者もいるとは思いますが、私は日記の部分に大迫傑という一人のスポーツ選手の在り方が書かれています。
この本は、ランナーだけでなく、仕事や受験など「ここ一番の勝負」を控えているすべての人にとって、メンタルを整えるためのバイブルと言える一冊です。
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